北海道

作家

制作ノート

作品拡大

北海道新幹線新函館北斗駅自由通路

LED内照式ステンドグラス:「ムクムク 水と光と大地捧げる詩」

原画・監修:五十嵐 威暢

サイズ:H4.0m×W15.7m

制作:2016年

五十嵐 威暢 Takenobu Igarashi

彫刻家・デザイナー。デザイナーとして国内外で25年の活躍後、本拠地をロサンゼルスへ移して彫刻家として活動。2005 年帰国して日本各地のパブリックスペースに多くの彫刻やレリーフを制作している。北海道新十津川町の日吉野小学校を改築したアトリエ兼ギャラリ-「かぜのび」では毎年新作を発表中。

略歴

1944 年 北海道滝川市に生まれる

1968 年 多摩美術大学卒業

1969 年 カリフォルニア大学ロスアンゼルス校大学院修士課程修了

1975 年 カリフォルニア大学ロスアンゼルス校専任講師(〜’76年)

1980 年 ニューヨーク近代美術館のグラフィック、プロダクトを制作

1983 年 国際グラフィック連盟理事(~’89 年)

1989 年 カリフォルニア大学ロスアンゼルス校デザイン学部客員教授(〜’91年)

     多摩美術大学造形表現学部デザイン科教授(〜’93年)

2005 年 米国より帰国

2011 年 多摩美術大学学長(~’15年)

2015 年 多摩美術大学名誉学長

【新函館北斗駅「ムクムク 水と光と大地に捧げる詩」】

このステンドグラスは北海道新幹線開業記念として制作されました。大沼国定公園を中心にひろがる北海道道南の豊かな自然は、清らかな水と光が溢れる大地の様子に象徴されています。山の存在感と湖面の輝きと花の彩りと樹木のざわめきが一体となって、人の心に未来と希望と元気を運んで来るように、手吹きガラスによる、LEDを用いた新しい光の造形として作られました。

神奈川

作家

制作ノート

作品拡大

横浜サイエンスフロンティア高等学校

モザイク:「イメージの力」

原画・監修:日比野 克彦

サイズ:H3.0m×W5.0m

制作:2008年

日比野 克彦 Katsuhiko Hibino

アーティスト 大学在学中にダンボール作品で注目を浴び、国内外でインスタレーション、展覧会を多数開催する他、パブリックアート、舞台美術など、多岐にわたる分野で活躍。活動の場が社会と密接に結びついた仕事ぶりは、同年代の文化を語る上で必要不可欠なものとなっている。

1958年 岐阜市に生まれる

1982年 第3 回日本グラフィック展大賞受賞

1983年 第1 回日本イラストレーション展グランプリ受賞

1984年 東京藝術大学大学院美術研究科修士課程デザイン専攻修了

1986年 シドニー・ビエンナーレ出品

1995年 ヴェネチアビエンナーレ出品

1999年 毎日デザイン賞グランプリ受賞

2007年 東京藝術大学教授(〜’15年)

2011年 東日本大震災復興支援活動「HEART MARK VIEWING」立ち上げ

2015年 岐阜県美術館館長

2016年 東京藝術大学美術学部長

【横浜サイエンスフロンティア高等学校「イメージの力」】本格的な科学技術教育を通して、生徒一人 ひとりが持つ潜在的な独創性を引き出すことを 目的に開校した横浜サイエン スフロンティア高校。その教育理念にふさわしい壁画「イメージの力」が、校舎内のホールに設置されました。日比野克彦氏は「壁画の前にある ベンチに腰掛けた人は絵の中に取り込まれます。頭のてっぺんからイマジネーションが浮かび 上がっている風景が見えてきます。これは鑑賞するだけでなく、参加することで完成する壁画 です」と語ります。作品には色とりどりのガラスモザイクの中に、地球上のさまざまな化石や鉱石、学校の地元を流れる鶴見川の源流から採集した石なども用いられています。 創造する力、イメージの力を表現したこの作品 に、若い創造力に期待する作家の想いが伺えます。

鳥取

作家

作品拡大

米子空港ターミナルビル2階ロビー

ステンドグラス:「妖怪たちの森」

原画・監修:水木しげる

サイズ:H2.8m×W10.2m

制作:2016年

水木しげる Shigeru Mizuki

漫画家。太平洋戦争時、激戦地であるラバウルに出征、爆撃を受け左腕を失う。復員後、紙芝居画家となり、その後貸本漫画家に転向。代表作に「ゲゲゲの鬼太郎」「のんのんばあとオレ」など、世界中にファンを持つ。

略歴

1922 年  大阪市に生まれ、鳥取県境港市で育つ。

1965 年  第6 回講談社児童まんが賞受賞

1991 年  紫綬褒章

2003 年  旭日小綬章

      故郷鳥取県境港市に「水木しげる記念館」開館

2007 年 「 のんのんばあとオレ」アングレーム国際漫画フェスティバル

      最優秀コミック賞受賞

2009 年 「 総員玉砕せよ !」アングレーム国際漫画フェスティバル遺産賞受賞

2010 年  文化功労者顕彰

2012 年 「 総員玉砕せよ!」ウィル・アイズナー賞最優秀アジア作品賞受賞

2015 年  逝去( 享年93 歳)

【米子空港ターミナルビル「妖怪たちの森」】

このステンドグラスは水木しげる氏が描いた様々な妖怪たちの姿を再構成した原画をもとに制作されました。2016年にリニューアルされた「米子鬼太郎空港」の新たなシンボルとなっています。個性を競い合う妖怪たちが水木先生の愛したふるさとの森の中から、空港という人々の交流の場で多くの来訪者に語りかけてきます。

長野

作家

制作ノート

作品拡大

松本市美術館

陶板レリーフ:「飛翔」

原画・監修:高橋節郎

サイズ:H3.0m×W5.0m(鳥と地球)H0.72m×W5.4m(山並み)

制作:2002年

高橋節郎 Setsuro Takahashi

漆芸術家。東京美術学校を卒業後、美術界の第一線で活躍を続けた。伝統的な漆工芸の領域から純粋な美術作品としての漆芸術の領域へと、漆の世界を切り開き、平面作品だけでなく漆立体作品、墨彩画、パブリックアートなど、漆の世界に留まらない多くの作品を手掛けた。

略歴

1914 年 長野県東穂高村(現・安曇野市)に生れる

1940 年 東京美術学校(現・東京藝術大学)研究科修了

1976 年 東京藝術大学美術学部教授(〜’82年)

1981 年 日本藝術院会員

1990 年 文化功労者顕彰

1995 年 東京藝術大学名誉教授

     愛知県豊田市美術館高橋節郎館開館

1997 年 文化勲章 長野冬季オリンピック大会 公式記念メダルデザイン

2003 年 穂高町に安曇野高橋節郎記念美術館開館

    「 日本の鉄道パブリックアート大賞」国土交通大臣賞受賞

2007年 逝去 ( 享年92歳)

【松本美術館「飛翔」】

空を自由に飛びゆく鳥が色とりどりの華やかな気球をゆったりと運ぶ姿は作家のこころを表しているようです。気球のモチーフは松本の民芸を代表する「松本手まり」。江戸時代中期頃、松本藩の士族の子女を中心に身近な玩具として手づくりされたのが始まりで、やがて一般家庭でも愛されました。山並みは作家のふるさと安曇野の山々を表し、一時人々の心に悠久の思いを抱かせます。

青森

作家

制作ノート

作品拡大

弘前市民会館

ステンドグラス:「青の時間」

原画・監修:佐野ぬい

サイズ:H3.5m×W6.0m

制作:2014年

佐野ぬい Nui Sano

洋画家。青を基調とした作品で知られ「ぬいブルー」「青の画家」とも称される。「ブルーという色はどれほど言いたいことをかくしているか」と語る。制作活動と併行して母校で後進の指導にも長年携わる。

略歴

1932 年 青森県弘前市に生まれる

1955 年 女子美術大学洋画科卒業

1987 年 女子美術大学教授(〜’94年)

1994 年 女子美術大学大学院教授(〜’98年)

1998 年 女子美術大学名誉教授

2003 年 損保ジャパン東郷青児美術館大賞受賞

2004 年 日本美術家連盟常任理事(〜’07年)

2007 年 女子美術大学学長(〜’11年)

2011 年 紺綬褒章

2012 年 瑞宝中綬章

【弘前市民会館「青の時間」】

ステンドグラスによる「佐野ブルー」が織りなす色彩と光のハーモニーによって、この空間を流れる青く美しい時の経過が演出されています。「ステンドグラスの原画を描きながら、私は、津軽弘前のさわやかで清々しい雪どけの空を思い出していました。自然光が差し込むステンドグラスのある場所は、さまざまな青を基本色としています。暖色系の明るい面積もあります。動く青い時間を楽しく、美しく眺めることができたら素晴らしいです。」 (佐野ぬい氏の言葉)

仙台

作家

制作ノート

作品拡大

仙台空港駅

陶板レリーフ「金華童子風神雷神ヲ従エテ波濤ヲ越ユルノ図」

原画・監修:大友 克洋

サイズ:H2.8m×W8.7m

制作:2015年

大友克洋 katsuhiro otomo

漫画家・映画監督 代表作に『童夢』『AKIRA』などがある。ペンタッチに頼らない均一な線による緻密な描き込み、複雑なパースを持つ画面構成などそれまでの日本の漫画にはなかった作風で、80 年代以降の漫画界に大きな影響を与えた。映像では、長編アニメーション作品『AKIRA』、『MEMORIES』、『スチームボーイ』など自ら監督して活躍している

1954 年  宮城県に生まれる

1973 年 「銃声」にてデビュー。

1979 年  初の単行本となる「ショートピース」刊行

1983 年 「童夢」により第 4 回日本 SF 大賞受賞

1984 年 「童夢」により第 15 回星雲賞コミック部門受賞

     「AKIRA」により第 8 回講談社漫画賞受賞

1988 年 長編アニメーション作品「AKIRA」を監督

2005 年 フランス政府より芸術文化勲章シュバリエ受章

2013 年 紫綬褒章受章

2014 年 アニー賞ウィンザー・マッケイ賞受賞

     フランス政府より芸術文化勲章オフィシェ受章

2015 年 第 42 回アングレーム国際漫画祭・最優秀賞受

 【仙台空港駅 「金華童子風神雷神ヲ従エテ波濤ヲ越ユルノ図」】原画を基に完成イメージを膨らませながらエスキース(縮小模型)を制作し、壁画としての造形が作家の意図したものと合致しているかどうか入念に打合せが行われました。また、この段階から釉薬テストが繰り返され使用される釉薬の種類が検討されました。金魚の目の部分にはメカニカルなイメージを出すためにガラスが使われています。

仙台空港駅 「金華童子風神雷神ヲ従エテ波濤ヲ越ユルノ図」】メカニカルな金魚に跨った金華童子が、風神と雷神を従えて波濤を越えて祥雲を招く姿が描かれており、未来を担う子供たちが、現代の叡智とともに自然がもつ大いなる力に立ち向かい、困難に対しても勇気を持って前に進む姿がイメージされています。大友氏は「小さな子供が関心を持ち、親子で震災と復興の話をするきっかけになってくれれば」と話されています。

神奈川

作家

制作ノート

作品拡大

JR 小田原駅

陶板レリーフ「小田原讃歌 」

原画・監修:片岡 鶴太郎

サイズ:H3.0m×W15.0m

制作:2003年

片岡鶴太郎 tsurotaro kataoka

俳優、画家。1989 年ドラマ『志功の青春記おらあゴッホだ』で若き頃の棟方志功を演じたことをきっかけに、水墨画を描くことや陶芸などなど美術方面に傾倒していく。岡本太郎とバラエティ番組で共演したことから知り合いその才能を評価される

1954 年 東京に生まれる。

1972 年 声帯模写片岡鶴八に弟子入り

1988 年 プロボクシングのライセンス取得

1995 年 東京にて初個展「とんぼのように」開催

1998 年 群馬県草津に片岡鶴太郎美術館開館

2002 年 石川県山中、佐賀県伊万里に片岡鶴太郎工藝館開館

2003 年 福島県飯坂に片岡鶴太郎美術庭園開館

     NHK 趣味悠々『鶴太郎流墨彩画塾』出演

2004 年 NHK 趣味悠々『新 鶴太郎流墨彩画塾』出演

2014 年 「画業 20 週年 片岡鶴太郎展 還暦紅」全国各地で開催

2015 年 第十回手島右卿賞受

JR 小田原駅 「小田原讃歌 」

壁画の原画制作は壁画協賛者である鈴廣蒲鉾の千世倭棲(ちよわろう)にて行われました。実際に用意されたカサゴ、イシダイ、ホウボウ、アジ、イワシ、イカ、イセエビ、ヒラメなどの魚や花等の新鮮な画材が用意され、何日か近くに泊まりこみ、それを実際に見ながらその場で原画を描いていただきました。

JR 小田原駅 「小田原讃歌 」

平成15年秋の小田原駅舎リニューアルオープンを記念して設置されました。東海道の宿場町でもあった人々の温かみが感じられる小田原に相応しいものということから、小田原の海と自然をテーマに制作をお願いしました。小田原にゆかりの深い海の素材であるカサゴ、イシダイ、ホウボウ、アジ、イワシ、イカ、イセエビ、ヒラメや桜、梅、みかん等が描かれ、小田原の讃歌となっています。

群馬

作家

制作ノート

作品拡大

JR高崎駅

磁気レリーフ 「だるまの詩」

原画・監修:福沢 一郎

サイズ:H6.1m×W8.1m

制作:1982年

福沢一郎 ichiro fukuzawa

洋画家 渡欧し、後に彫刻から絵画に転向。シュールレアリズムを日本に紹介した。美術文化協会を結成して、昭和時代の前衛美術運動を推し進めた。強烈な色彩や量感あふれる表現は日本洋画史において独自の特色を生む。多摩美術大学、女子美術大学の教授を務めた

1898 年 群馬県に生まれる。

1918 年 東京帝国大学(現・東京大学)文学部に入学

     朝倉文夫の彫塑塾に通う

1924 年 彫刻の勉強のため渡仏

1927 年 彫刻をやめて絵画制作に本格的に取り組む

1931 年 帰国

1941 年 治安維持法違反の嫌疑により拘禁される

1953 年 フランスからブラジルへ渡る

1954 年 帰国

1957 年 第 4 回日本国際美術展に [ 埋葬 ] を出品、日本部の最高賞受賞

1965 年 渡米ニューヨークに移り制作に励む 1978 年 文化功労者顕彰

1991 年 文化勲章受章

1992 年 逝去 (享年 94 歳)

JR高崎駅 「だるまの詩」

磁器レリーフであるために陶板のような極端なレリーフを施すことができないので、色の選択が重要なポイントになってきます。この作品のもっとも重要な色<赤>はイギリスに直接注文して取り寄せました。

茨城

作家

制作ノート

作品拡大

つくばエクスプレス守谷駅

ステンドグラス 「日本のふるさと つくば夕照とさくら」

原画・監修:滝平 二郎

サイズ:H2.5m×W7.0m

制作:2005年

滝平二郎 jiro takidaira

切り絵・版画作家 細やかな技により、庶民の暮らしや昔の農村風景を詩情豊かに描き、人々のこころを和ませた。1970 年から朝日新聞に「きりえ」を連載し、絵本「モチモチの木」「花さき山」の挿絵でも広く知られる

1921 年 茨城県に生まれる

1946 年 日本美術会に参加

1949 年 日本版画運動協会創立に参加

1955 年 東京、雑司が谷の俗称「異人館」に移住

1964 年 “いわさきちひろ”らと童画ぐるーぷ「車」

結成      児童出版美術家連盟設立とともに会員となる

1968 年 第 6 回国際版画ビエンナーレ展(東京国立近代美術館)招待出品

1970 年 絵本「花さき山」により講談社第 1 回出版文化賞

(ブックデザイン部門)受賞

朝日新聞日曜版にて「きりえ」の連載開始

1974 年 第 9 回モービル児童文化賞受賞

1987 年 絵本「ソメコとオニ」で絵本にっぽん賞受賞

2009 年 逝去(享年 88 歳)

つくばエクスプレス守谷駅「日本のふるさと つくば夕照とさくら」】力強い黒で縁取られた切り絵は、色ガラスを鉛線で繋いで作るステンドグラスにとてもイメージが近い。その為、原画の印象をそのままに、効果的にステンドグラス作品として表現することができました。

つくばエクスプレス守谷駅「日本のふるさと つくば夕照とさくら」

切絵作家の滝平二郎先生の作品-春の桜の風景、秋の筑波山を背景とした夕照-を基にするにして日本の人々が『ふる里』を想う気持ちを表しています。

北海道

作家

制作ノート

作品拡大

札幌駅 JR タワー1階

ステンドグラス「黎明(れいめい) 」

原画・監修:国松 登

サイズ:H4.1m×W13.2m

制作:1988年

国松登 noboru kunimatsu

洋画家 国画会会員。三岸好太郎に師事。「目のない魚」「氷人」シリーズ他、白、緑、青など寒色系を基調とする清涼感のある色調と新鮮な造形感覚により、深く荘厳な雰囲気をかもし出す北の自然や大地を描いた

1907 年 北海道函館に生まれる

1931 年 洋画家三岸好太郎に出会い、師事する。

1933 年 独立美術協会初入選

1939 年 帝国美術学校(現・武蔵野美術大学)西洋画科卒業

1940 年 国画会展にて国画会賞受賞、同年会員となる。

1945 年 全道展設立、設立会員となる。

1959 年 北海道文化賞 ( 芸術部門)を受賞

1978 年 札幌市民芸術賞受賞。

1982 年 北海道新聞社主催「画学 55 年回顧展」開催

1985 年 北海道立近代美術館「風魔の心境-国松登展」開催

1986 年 紺綬褒章受章 北海道新聞文化賞 ( 社会文化賞)受賞

1988 年 北海道開発功労賞受賞

1994 年 逝去(享年 86 歳)

札幌駅 JR タワー1階「黎明(れいめい) 」

戦前の日本は貧しく、北国の冬は一段と厳しかった。朝、目が醒めると窓には太い氷柱(つらら)が垂れ下がり、窓の硝子に美しい氷の華が咲いた。窓ガラスに展開する美しい氷紋、子供の頃は、この氷紋から豊かな幻想が生まれた。北国の冬は瞑想の季節であるが、春を育む期待の季節でもある。やがて訪れる北方の黎明期にはほのかな光と希望が生まれ、21世紀がほのぼのと明けようとしている。ステンドグラス<黎明>は私の「氷人」「氷上の人々」など一連の作品である。ステンドグラスの性質上、平面化に重きを置き、背後からの光を配慮したが、光線が無い時も壁画としての絵画的画面効果も上がったと思う。

福島

作家

制作ノート

作品拡大

福島空港

陶板レリーフ「ユートピア」

原画・監修:堀 文子

サイズ:H5.5m×W4.5m

制作:2014年

設置場所:福島空港旅客ターミナルビル1階ロビー

(福島県石川郡玉川村北須釜はばき田21)

堀 文子  fumiko hori

日本画家。日本を代表する女流画家。大好きな自然の動植物や日本の文化に対する好奇心を失わず、96歳の現在も作品を描き続けている。花や鳥などの自然の生命をモチーフとする作品が多く「花の画家」と呼ばれる。

1918年 東京都に生まれる

1940年 女子美術専門学校(現・女子美術大学)卒業

1952年 第2回上村松園賞受賞

1961年 エジプト、ヨーロッパ、アメリカ、メキシコを巡る(~64年)

1974年 創画会の結成に参画

1974~1999年 多摩美術大学日本画科教授

1987年 イタリア・アレッツォにアトリエを構える(~92年)

1995年 アマゾン、メキシコのタコス・マヤ遺跡を取材旅行

1998年 ペルーを取材旅行

1999年 82歳でヒマラヤ山麓のブルーポピーを描く

2011年 女子美術大学名誉博士の称号を得る

福島空港「ユートピア」

このパブリックアート作品では、福島の自然の中で育まれる命の楽しい集い「ユートピア」(楽園)が、日本古来の伝統的素材である「陶」を用いて表現され、堀先生の作品が持つ独特の世界観と「陶」の味わいとが相まって、優しく、あたたか味のある空間が生まれています。作品全体は583の陶板ピースからなっています。

【福島空港「ユートピア 」】

鳥 獣も、草も樹も、魚も昆虫も、人も此の世の総ての生きものは命の惑星「地球」から命を頂いたものです。原始の地球では生き物たちは平等にその生命を全うしておりました。地球が人間だけのものでない事を忘れ、人間に都合の悪いものを殺し、地球を独占し始めた今の人間の驕りが許せず、私は総ての命が平等だった頃のユートピアを夢見て此の絵を描きました。(堀文子氏の言葉)

神奈川

作家

制作ノート

作品拡大

JR横浜駅

陶板レリーフ「太陽とこども」

原画・監修:利根山 光人

サイズ:H4.0m×W15.0m

制作:1982年

設置場所:横浜駅中央通路西口

利根山 光人 koujin toneyama

壁画家。メキシコ、スペイン、インド、中国などを頻繁に訪れて取材を行う。メキシコを題材とした情熱的な作品を多く残すとともに、メキシコ文化の紹介、普及に尽力する。日本における戦後の日本現代美術をリードし、壁画芸術の推進に努めた。

1921年 茨城県に生まれる

1943年 早稲田大学卒業

1951年 「読売アンデパンダン展」に出品

             前衛画家として活動を開始

1959年 メキシコへ渡航

1962年 マヤ遺跡の拓本を採集

1970年 日本での最初のマヤ文明展(日本橋三越)を実現

1972年 メキシコ政府よりアギラ・アステカ文化勲章受章

1973年 紺綬褒章受章

1987年 アギラ・アステカ文化勲章再受章

1985年 第17回日本芸術大賞受賞

1994年 逝去(享年72歳)

JR横浜駅「太陽とこども」】まず中央には輝く太陽と月のシンボル。右手には世界にひらかれた船と星座と羅針盤などを配し、左手のメーンには母子像を配しました。子供は未来のシンボルです。今後いかに、未来都市として宇宙空間と時代が、変貌しようとも、母と子の原形は人間生活の基本です。肩の上の子供は右手を母親の顔に左手をおもいっきり上に向かって手をのばしています。母子像のかげにはパレットをもった男の像を配して更に母子像をつよめるようにしました。(利根山光人氏の言葉)

愛媛

作家

制作ノート

作品拡大

松山空港

ステンドグラス「蜜柑 ミカン みかん」

原画・監修:田窪 恭治

サイズ:H4.1m×W6.9m

制作:2013年

設置場所:松山空港ターミナルビル1階 到着ロビー中央

愛媛県松山市南吉田町2731番地

田窪 恭治 kyoji takubo

美術家。フランスの16世紀の礼拝堂を11年かけ再生。その後、金刀比羅宮の文化顧問として境内を対象とした「琴平山再生計画」を11年かけ実施。それらの仕事から『風景芸術』という総合的な表現を導き出す。現在、金刀比羅宮文化 顧問、京都造形芸術大学 客員教授、多摩美術大学 客員教授、聖心女子大学 講師

1949年 愛媛県に生まれる

1972年 多摩美術大学卒業

1975年 第9回パリ・ビエンナーレに参加

1984年 第41回ヴェネチア・ビエンナーレに参加

1989年 ロンドンのアルメイダ劇場 オペラ「ゴーレム」の舞台美術を担当

           サン・ヴィゴール・ド・ミュー礼拝堂の再生プロジェクトに着手

1999年 礼拝堂の完成により村野藤吾賞受賞、帰国

2000年 フランス政府より、芸術文化勲章(オフィシエ)受章

     「琴平山再生計画」に着手(~11)

2011年 東京都現代美術館で「田窪恭治展 風景芸術」開催

2013年 紺綬褒賞受勲

松山空港「蜜柑 ミカン みかん」

ステンドグラスの原画は、作家自身が独特の伸びやかな筆致で原寸大の紙に直接描きました。ステンドグラスの制作過程では、板ガラスを2枚、または、3枚重ねて750℃で焼成・溶着させる「フュージング技法」を用い、重厚なガラスピースを作り、そのピース上に絵付けし、再び650℃で焼成した後、各々のピースを鉛の桟で組み上げました。作品全体は約3,000のパーツから成っています。

松山空港「蜜柑 ミカン みかん」

ブルー、オレンジ、グリーンの単純な色彩の対比の中で、アンティークグラスの微妙な色彩の変化が、瀬戸内海に吹き渡る風ときらきら輝く日差しを感じさせます。描かれた豊かな蜜柑や木々の伸びやかな表情は訪れる人々にインパクトを持って飛び込んできます。